ファミレス ~ その5
壁に凭れ掛かるように動きが止まった留美に素早く駆け寄った奈緒子が、留美の両肩を掴んで壁に押し付けて、その剥き出しになったお腹に何度も膝を叩き込むと、留美の口からは 「うっ、がっ、あうっ・・」 と悲鳴が漏れ始めた。
どんなに華奢に見えようと、現役の女子プロレスラーである奈緒子に敵う筈など無いと思った達也は、留美が大怪我をしないうちに止めなければと思いながらも、あまりにも迫力のあるウェイトレス同士の闘いに、脚が竦んで声を掛けることすら出来なかった。
「いくぞー!」
留美の動きが完全に止まると、奈緒子は甲高い叫び声を上げながら、なにか大技でも掛けるかのように留美の頭を押し下げた。
ところが、この瞬間を待っていた留美は、クルッと回り込むように身体の位置を入れ替えると、奈緒子の身体を壁に押し付けて、タックルをするかのように腰を落として、まだ掴まれたままの頭を、何度も何度も奈緒子の胸元にめり込ませた。
留美と奈緒子の攻守が逆転した。
それは、 達也の考えを根底から覆すような光景であった。
いくら学生プロレスに参加しているとは言っても所詮は女子大生の留美が、どんなに華奢に見えようと現役の女子プロレスラーである奈緒子と対等に闘っている。
それどころか、今はどう見ても留美のほうが優勢に立っているとしか思えない展開になってきた。
小学生の頃から女子プロレスをやりたいと思っていた留美が通っている大学は、実はその筋では有名な学生プロレスのメッカで、留美もそれを目的に進学したのだが、今でこそセミファイナルやメインを務め、稀に女子だけのマッチメイクを行う事もあるが、留美の学生プロレス生活もスタートから順調であった訳ではなかった。
最初の頃はアメリカンプロレスのように場外乱闘するマネージャー役や、リングに上がっても男女混合タッグマッチで身体中を撫で回されたり胸を揉まれたりと、屈辱の連続であった。
尤もこれは留美だけに限ったことではなく、多くの先輩女子部員や近隣大学の女子部員たちも殆どが同じ目に遭っていたのだが、ほとんどの女子大生レスラーたちはこの現状を『エンターテイメントのお色気要員』として受け入れていた。
しかし留美は違った。
『リング上でまともなプロレスの試合がしたい!』 と考えた留美は、近隣大学の新入生たちに声を掛けて、女子だけの新人王決定戦を開催したり、 「中途半端なじゃれあいでは客が呼べない」 と主張する男子部員たちの首を縦に振らすため、本職のプロレスラーでさえ滅多にやらない 『セメント・マッチ』 を主流とする闘いを何度も展開して、漸く今の地位を手に入れたのであった。
学生プロレスを 『学園祭のプロレスごっこ』 程度にしか捉えていなかった達也にとっては、目の前で繰り広げられているウェイトレス同士の激しい闘いに、只々呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
「このやろー!」
留美は甲高い叫び声を上げると、未だ片付けの済んでいないテーブルへ奈緒子の身体を振った。
今度は奈緒子が、ガシャンガシャンと派手な音を立ててテーブルを倒しながら飛ばされた。
すると留美は、小走りに駆け寄ってきたかと思うと、倒れている奈緒子の背中にストンピングを連発した。
ドスッドスッドスッ・・
「あうっ、あうっ、あうっ・・・」
弾力性のあるリングと違って、ファミリーレストランの固い床の上でストンピングを何発も喰らっている奈緒子は、悲鳴を上げながら芋虫のようにゴロゴロとのたうち回っている。
だが留美は、そんな事にはお構いなしにストンピング攻撃を止めようとはしない。
流石に我慢しきれないのか、奈緒子は逃げるように倒れた椅子とテーブルの間に入ろうとした。
すると留美は、素早く屈んで奈緒子の髪を鷲掴みにすると、無理やり引っ張り上げるように奈緒子の身体を引き摺り起こした。
「あんっ、痛っ・・」と小さな悲鳴を上げた奈緒子は、力無く立ちあがった。
が、次の瞬間、奈緒子はくるっと身体の向きを変えると留美と向かい合い、手に隠し持っていたレモンのスライスを留美の目に押し当てた。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ・・・」
留美の悲鳴が店内に響き渡った。
すると奈緒子は、留美にヘッドロックを掛けながら、隣のテーブルにあるまだ片付けの済んでいない皿から、今度は付合わせ用に四つ切にされたレモンを手にした。
「このやろー!くらえっ!」
奈緒子は右手を留美の目元に持っていくと、レモンを絞るように押し当てた。
「きゃぁぁぁぁぁぁっ、あぁぁぁぁぁぁぁ・・・」
ヘッドロックを極められているのもさることながら、目を襲うしみるような激痛に、留美は脚でバタバタと床を踏み鳴らしながら奈緒子にしがみついている。
すると奈緒子は、留美の目にレモンを押し当てたままで、引き摺るようにフロアを移動し始めた。
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カテゴリ : 自己満足の部屋